ストレスフリーな家庭を作る・オットとつま子のパパママ一年生

子どもが生まれちゃった!そこから始まる奮闘記

父の日特別企画「心屋仁之助の本から考えるワタシと実父」(つま子)

つま子です。

いざ、父の日。今日は、義父(舅)さんのことではなく、

実父とワタシについてが今日のテーマです。

ナイナイアンサーで有名になった心屋仁之助の本を読んでみました。

 

 その本に、子育ての悩みは、「この子の育ち具合によって、私が周りからどう見られるか」が根っこにあると書いてありました。で、そういう人ほど「その人自身の『お母さん』を住まわせている」「目の前にいる子どもよりも、自分の心の中に住む”母親”にどう思われるかを気にして、悩む」と。

・・・なるほど。よーく分かります。子どもが産まれる前からこんな感じです。でも、私がこの本と違うのは、そこが『お母さん』ではなく『お父さん』なこと。

 

うちの実家は、ステップファミリー。要は、父親が幼児の私を連れて離婚。小学校低学年の時に、今の母親と再婚したというわけです。

世間一般のイメージでは、私は母親(いわゆる継母・養母)にいじめられたと思うんでしょうけど、物事を楽しくポジティブにとらえている母親とは、非常に相性がよくて、楽しく暮らせました。

今でも普通に実家母として孫の面倒も見てくれるし、出産もオットと立ち会ってくれました。母親が私の母親になってくれたことは、私の人格形成上、本当に良かったと思ってます。

 

ただ、父親は私のことを「母親のいない子」だとか、再婚後も「継母に育てられてる家庭環境に難がある子」と後ろ指さされないようにしなければ!という思いが非常に強く、非常に非常に厳しく育てられました。近所の人たちやおじたちが父親に「つま子に厳しくしすぎでは?」と言うぐらい。

そこに、九州出身なので「女はでしゃばらず、気配りをして、男につくすべきだ。男が上で、女には人権はない」「嫁は舅姑に仕えて、嫌われないようにしなくてはならない。子どもを産めない嫁、主人に家事をさせるような嫁はいらない」という類いのしつけも非常に厳しかったのです。

 

そういうこともあり、いまだにことあるごとに

私の中に住む”父親”が顔を出して、自分を責め、無茶をしてしまうことがよくあります。

たとえば、私がインフルエンザにかかったとき、

「女は、家事をしないと、そのイエにいる意味がない」「全力で仕事をしなければいけない立場のオットに、家事をしてもらっているのが舅姑さんに分かると、嫌われる」と、自分の中の父親に責められてるような気がして、ふらふらになりながら、必死に家事をしたことも・・・。

子どもの時からの刷り込みって、こわいこわい。

 

そして、

決めつけ系過干渉な父。

ねちっこい系過干渉は、「つま子、元気にしてるか?」「今週も来週も会いに行くからな」っていう頻度が多いようなタイプですが、それとはちょっと違う。

今も父親から「舅姑さんに嫌われるようなことばっかりして!」「孫の育て方が悪い」「ろくなメシがつくれなくて、ダンナや舅姑さんにあきれられてるんじゃないか」と激しい剣幕で言ってきて、正直イライラ。

 

子どものころから、父親はまぁそんな勢いで、怒ったら大声で暴言吐いたりもの壊したりしてましたが、私が大学生ぐらいで我慢の限界が来て、そこからは事あるごとに父親と私の激しいバトルでした(笑)私は、泣くし、叫ぶし、テーブル叩いてもの壊すし。

母は、「あんたたちは、血がつながってるのに、どうしてこんなに食い違って、ケンカばっかりなんだろうね・・・。」と連日呆れ顔。そんな実家での生活でした(*_*)

 

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まぁ、そんな日々を過ごして

・親だから、血縁関係があるから、分かり合えるとは限らない

・とはいえ、親と意見が違ってもいい

(親と仲良くできないからといって、思い悩む必要はない)

・自分と親との考え方の違いを(分かってもらえる/もらえないに関わらず)伝える

・親の価値観で自分を縛りつけるのではなく、自分が心地よく暮らせるような考え方を身に付けていけばいい

・親と物理的・心理的距離を置くのも一つの方法

と、私は思いました。だから、「父の日だけど、プレゼントやメッセージカード渡したり、一緒に食事とかは、ちょっと勘弁」って思ってる人もいるかも。社会の常識に自分の感情を無理やり当てはめず、その気持ちを大事にすればいいんじゃないかな。

 

最後に、心屋さんの本には子育てに悩む人に効く「魔法の言葉」が書いてあるので「お父さん」に替えて、抜粋してみます。

 

「お父さんみたいになってもいい」

「お父さんみたいにできなくてもいい」

「お父さんに嫌われてもいい」

「お父さんにがっかりされてもいい」

 

”あなたにとって”良い父の日を!

ほなね!