ストレスフリーな家庭を作る・オットとつま子のパパママ一年生

子どもが生まれちゃった!そこから始まる奮闘記

日本が平和な国であり続けるために知っておきたいこと(オット)

オットです。

 

今年は戦後70年の節目の年。

また、安全保障法制が国会で審議されていますね。

この法案、「日本が攻撃されるリスクが下がる」とか「戦争に巻き込まれる危険がある」とか与野党で意見が全然違います。

 

色んな意見があると思いますが、「賛成」の方も「反対」の方も、思うことは「日本が将来も平和な国でありますように」ではないでしょうか?

少なくとも僕は、日本は将来も平和な国であってほしいと思っています。

 

さて、今日はそのために知っておいてほしいことを紹介します。

それは、75年前の5月にオランダに起こった悲劇。

 

その当時、ヒトラー率いるドイツとイギリス・フランスの対立が決定的になっていました。

そして、悲劇が起こる前の月には、「中立国」であるノルウェーがドイツ軍に侵攻されました。

 

その状況に対し、オランダは、

  • 「中立」を貫く方針でした。
  • 「可能な限り自分たちは中立のまま、戦争を回避すること」を希望しており、外交努力を行っていました。
  • 「中立」を貫くために「オランダ軍」を編成しました。
  • 万が一ドイツに侵攻された場合は、フランス・イギリスに助けに来てもらうよう水面下でお願いしてました。

 

1940年5月、ついに悲劇が起こります。

そう、ドイツ軍が「中立国」であるオランダへ侵攻したのです。

 

オランダ軍は善戦しましたが、領土の大部分を占領されました。

イギリスもフランスも他の国も助けには来てくれませんでした。

 

オランダは、都市への爆撃を受けるか降伏かを選ぶことになりました。

実際にロッテルダムが爆撃され、都市が焼失、数百人が犠牲になりました。そして、ドイツに降伏することになりました。

 

オランダが再び自由を得るまでには5年。

その間に、25万人のオランダ人が犠牲になりました。

オードリー・ヘプバーンが栄養失調や戦火に苦しんだのもこの時期です。

 

僕は日本が、75年前のオランダのような状況になってほしくありません。

だから中立国が戦争の巻き添えをくい、平和が崩れ去った悲劇があったことをみんなに知っておいてほしいです。

そして、どうすればこんな悲劇を防げるか考えていきましょう。

 

ほなね。