ストレスフリーな家庭を作る・オットとつま子のパパママ一年生

子どもが生まれちゃった!そこから始まる奮闘記

認知症って、赤ちゃんに戻っていく事かもしれない(つま子)

つま子です。

突然ですけど、「子育てと介護って似てるなぁ」と最近思うようになってきました。

ワタシ、結婚で正社員の仕事を辞めたんですが、その後にハローワークの職業訓練で介護福祉士等実務者研修(旧ホームヘルパー1級)を6か月受講して、ほんの少しですが訪問介護の登録ヘルパーをしながら妊活をしていたというわけです。そして、今に至るのです。

 

最近、ふと思います。高齢者は、ゆっくり時間をかけながら、赤ちゃんに戻っていってるんだろうなぁって。

3か月のうちの息子は、昼は明るい、夜は暗いことを学び、段々と生活リズムができてきています。オットや私に笑いかけられると「今、自分に笑いかけられてるんだ」って分かって、笑いかけてくれます。うれしいっていう感情が芽生えたんですね。そして、首が座りつつあり、歩き始める準備が少しずつ始まっています。

トイレで排泄することも、ご飯を食べることも親が少しずつ教えて、やっとできるようになるんですね。

そうやって、赤ちゃん時代から身に付けてきたものを少しずつ失っていって、新生児にもどっていくのが高齢者、とくに認知症高齢者なのかもしれません。

ワタシも認知症高齢者のグループホームへ実習に行ったとき、もちろん自分の気持ちと体がミスマッチを起こして、感情を爆発させたり暴力的になる方もいらっしゃったんですが、ピュアで見ていてかわいらしいって思う人もたくさんいました。まるで、赤ちゃんのよう。

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ワタシは、子どもの時から今まで、当然のように親にいろんなことをしてもらう側でした。一緒に走り回ったり、くたくたになるまでお出かけしたり。産後も実母にたくさん助けてもらいました。つい昔のイメージで、両親はいつまでも元気で体が動いて、「助けて」と呼んだら、来てくれる気がしてるけど・・・。違うんだよね。実は、7キロ超の息子をオットと私は、そこまで苦なく抱っこできるけど、実家母も姑さんもそんなに長い間抱っこできないそぶりを見せていることに、気づいてるんだ。

 

実家の父も60歳になって、先日人生初の入院もして、だんだんと親に何かしてもらう側から、親へ何かをする側に近づいたんだなぁって思って、両親の老いへの妙な恐怖が芽生えてきてます。介護しないといけないとかお金とかそういう実務的な心配じゃなくって、もっと気持ちの部分での恐怖というか。

 

『いつかは、親もオットも、そして私も赤ちゃんに戻るんだなぁ』と考えられると、老いの恐怖や哀れな気持ちも少しマシになってくるかも。

そういう風に考えると、前に流行った「手紙」っていう曲の気持ちが少し分かってきましたよ。

歌詞、貼っときますね。ほなね!

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手紙〜親愛なる子供たちへ〜 - 樋口了一 - 歌詞&動画視聴 : 歌ネット動画プラス

年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても
どうかそのままの 私のことを 理解して欲しい
私が服の上に 食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを 教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末を どうかさえぎらずに うなずいて欲しい
あなたにせかまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消えて去って行くように 見える私の心へと
励ましの まなざしを 向けてほしい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがることきには 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたと お風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で 立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの 手を握らせて欲しい

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力が ないのを知るのは つらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで 私には勇気が わいてくるのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を 持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ