ストレスフリーな家庭を作る・オットとつま子のパパママ一年生

子どもが生まれちゃった!そこから始まる奮闘記

与謝野晶子も嫁姑問題を考えていた(つま子)

つま子です。

またまた、嫁姑問題編(ドロドロかもしれないけど、そろそろ別の話題もって思ってるんで、今しばらくごしんぼうくださいまし)。

 

amazonで嫁姑問題の本を探してたら、kindleで無料で読める本の中に

「姑と嫁について」という与謝野晶子の本がありました。1915年に書かれたものです。

与謝野晶子 姑と嫁について

現代的にざっくりまとめると

  • 嫁がモラハラに耐えかねて姑を刺すという事件が起こった
  • 姑のモラハラは、かなりはんぱなくて、ダンナのいないところでグチグチと嫌味を言ったり、「お前みたいな嫁、別れさせてやる」と騒いでいたそうな。
  • 嫁は犯行時生理中で、ホルモンバランスが崩れてカッとなったのだろう。裁判の時、嫁はザンゲの涙を流していた。
  • 同居別居にかかわらず、嫁は少なからず姑に対して気苦労がある。
  • 一方、姑も息子が独立し、寂しさを感じるとともに、嫁は『愛の競争者』となり、嫉妬を燃やす対象となる。更年期などのホルモンバランスで、余計に許せなくもなるだろう。
  • 姑に教育を施し、固定概念を今の時代にマッチした考え方に変える必要があるだろう。社会の問題を知ることでいろんな活動に参加して、寂しさや嫉妬から遠ざかることができるだろう

と、いう感じの内容。

 

そして、与謝野晶子は、こう書いていました。

「ここに私の遺憾に思うのは――むしろ攻撃したく思うのは――その良人たる工学士某氏の思慮の足りないことである。なぜに一人前の教育ある紳士がその母の旧思想を説破し、その苛酷な干渉を諫止かんしして、夫婦の間の生活は専ら夫婦の間で決すべきものであることを宣明しなかったのであろう。母を尊敬し併せて妻を愛重する文明男子がこの際に取るべき手段は、誠意ある諫諍かんそうを敢てして、母を時代錯誤から救い出し、現代に適した賢い母たり新しい母たらしめる外にないではないか。子としても良人としても確かなかつ周到な思慮を欠いて甚だ煮え切らぬ態度を取っていたために、母の恥を世にさらし、妻を罪人たらしめ、自分自身を不幸に導くような悲惨な結果になってしまった。私は良人たる人さえ首鼠両端しゅそりょうたんでなかったら、この悲劇の運命は多分避け得られたのではないかと思って返すがえすも惜まれるのである。」

 

要は、「ダンナよ、お前がオカンと嫁はんの間に入らへんから、こんなことになったやないか!」ということですな。

いつの世も、みんな大変でございますなぁ。でも、昔の人も現代の主婦とおんなじようなことを考えているのがちょっとおもしろかったかも。

 

ちなみに、私としては、嫁姑バトルを防ぐためには

・姑さんや舅さんに嫁が直接言って角が立ちそうなことは、夫に言ってもらう。

・顔を合わせる機会を極力減らす。

(前回書いたみたいに、姑と嫁は、元カノと今カノだと考えたら、どう考えても長時間一緒だともめますよね・・。感情を理性でセーブできるぐらいの時間で充分かも。数回に一回は、夫と子供だけで義実家に行ってもらうとか(←これで若干嫁姑関係がましになった友だちもいる)。

・今の時代の考え方を粘り強く夫が姑に伝える

 

こんな感じかなぁ。

ちなみに、私は義実家との関係がしんどくて、耐えに耐え続けた結果、涙が止まらなくなって、5日ほど実家に帰ったこともありました(爆)。

でも、今はうちのオット、義実家への訪問回数や舅姑さんが我が家にやってくる回数をセーブしてくれて、かつ、法事がどうとかお宮参りがどうとかそういう話も間に入ってくれてるから、非常にストレスが軽減されてます。

いつもありがとう。

ほなね。